「その日の夜に、月を見上げて」  二十一
2008-08-19 Tue 14:07
 その後の1年、日本は孤立を強要された。
 通信については、障害こそ多かったものの、断片的に交わすことは可能だった。
 まずわかったことは、重工業用ステーションが無事だったと言うこと、そしてアメリカが国としての体裁を維持していたってことだ。 もちろん被害は大きかったけど、さすがに大国、自分のことは自分でまかなえてしまう底力があった。 さらに、オーストラリアも都市部への爆撃から免れていたし、ベトナム、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシアなど、東南アジアの諸国との交信にも成功していたんだけど・・・大韓連邦と台湾は、核攻撃でやられてしまったらしい。
 その他の国や地域との交信もあったのだけれど、それよりもまず、自分の国を何とかしなくてはならなくなったんだな。
 問題は山積みだった。
 食糧難、舞い上がった粉塵のための日照の不足、天候不良・・・漁業に至っては出漁など望むべくも無しだ。 ただ、時期的に作物の収穫期が終わっていたことが、ちょっとした慰めにはなったのだけど、政府は戒厳令を敷き、食料、燃料、各種エネルギー供給の統制に踏み入らなければならなくなってしまった。 それでもだ。 日本は地球化技術やら地球工学やら何やらを総動員して関東平野を始めとする日本各地にパラテラフォーミング(擬似的地球化)技術を応用した大規模な耕作用のドームを作ったりして飢餓に備えた。
 核攻撃後の放射能の汚染については、降り続ける雨の自然の除染に期待するしかなかった。
 列島間の往来は絶望だったけど、海と空のご機嫌が直るまでにはそれぞれが生き残るために悪戦苦闘しなきゃならなかったってことだな。 それでもだ・・・まあ・・あんまりはっきりと口にするのははばかりがあるのだけど・・・この鎖国状態は日本にとっては幸運だったとも言える。 飢えた隣国からの難民が皆無だったことが、国内の安定化に貢献していたってことがだ。
 残酷な話しだろ?
 でもさ、もしも日本が手荒く被害を受けて、隣国に助けを求めたとして、彼らはそれなりに衣食住が維持できてたとしてだ。 歓待してくれただろうか?
 日本人が着の身着のままで隣国に足を向けたとしたら、彼らはどうする?
 言わずもがなだよ。
 海が荒れ狂い、空が荒れ狂い、日本は孤立したけれど、難民という要素には恐怖せずに国内の安定化に専念することができたという事実は決して否定できない。
 もっとも、在日米軍とその家族御一行様はその限りではなく、米軍としても耕作ドームの建設なんかに労働力を提供したりして、けっこう有り難がられたらしい。
 なんて感じで、日本人は始終腹をすかせてはいたけども、国としての体裁は維持できたというわけなんだが、もちろん餓死者も出た。 国内の一部不満分子による暴動や争乱、自殺、疾病の激増で命を落とす者が絶えなかったのもまた事実だ。
 生き残るのは、決してお気軽な事象ではなかった。
 その1年間で1000万近い死者が出たこと・・・その大部分がお年寄りと乳幼児だったことは忘れちゃいけない。
 そして、世界も同様の悲惨に溢れた。
 爆撃と核攻撃から生き延びた人達。
 40年代にあっても、未だに後進国、農業国と呼ばれていた国々の人達。
 彼らは自称先進国の・・・ただ単にお金と技術を持っていて食うに困らないというだけの国々ではあるのかもしれなかったが、彼らの食料技術支援がそれらの国々の生存を維持していたことは紛れもない事実だ・・・援助が途絶えたことによる飢餓と疾病、生活物資の欠如に端を発した隣国との紛争、国内暴動の中でその存在を消失していった。
 それぞれの国が、それぞれの事情によって崩壊していった。
 1年後。
 海が凪を取り戻し、空がそよぐ風を思い出したとき・・・・それを感じることができたのは46億の人達だけだった。 それ以前の地球の総人口は78億だったことを思い出してみてくれ。
 
 そののち日本は近隣諸国への救済に乗り出した。
 まるで、当時の非情ぶりへの贖罪を示すかのように。
 けれど・・・すべては遅すぎたっていうことなのかな・・・・人々は細々と命脈をつないではいた・・・でも、そこにはかつての文明は存在していなかった。
 それ以降、日本は米国、EUとともに復興委員会を結成して爆撃後の世界で右往左往し始めたってな訳だが・・・忘れちゃならないことがあった。
 月からの爆撃が何だったのかってことだ。
 月基地からの通信途絶に始まる一連の事変についての検証と対策を講じなければならなかった。
 月で、一体何が起こったのか?
 あの、軌道上に広がった空間は?
 そして、突然の爆撃の終わりが何を意味していたのか?
 軌道上の重工業用ステーションは健在だった。
 彼らもまた、1年に及ぶ地球からの補給の途絶で地獄を味わっていたんだ。
 もともと完全な閉鎖系の環境ではなかった重工業用ステーションは試験運用中の耕作コロニーの拡張で食をつないでいた。
 なにしろ3000人以上の大所帯だった重工業ステーションは元々が軌道上での工業試験基地だったのが、連合宇宙軍の創設で地球近傍の活動拠点としての機能を加えられて恐竜的肥大を強要され、軍艦の寄港、整備、乗組員の休養なんかも引き受け、果ては工廠施設での艦船の建造にまで手を染めるっていう軍事的色彩を強めた宇宙要塞のようになってしまったわけで、宇宙空間での農耕技術の実証スケジュールは遅延もまた遅延って状態だったんだから。
 それでも連合宇宙軍は残存の艦艇数隻を維持運用していた。
 地球からの補給が再開し、なんとか月まで辿り着ける体裁を整えた第一次の派遣艦隊が出撃したのは爆撃から5年後の2049年8月4日。
 日本国航空宇宙防衛軍から連合宇宙軍に拠出されていた特設巡洋艦「いちじくまる」「第三よいちまる」 アメリカ宇宙総軍艦隊から拠出の宇宙戦艦「アトランティス」 哨戒巡洋艦「イーグル」 「アレーバーク」 補給艦「フィラデルフィア」で編成された艦隊が月を目指した。
 そして、最初の発見があった。
 月の軌道上で静かに漂う中国宇宙軍の戦艦「長征」の姿がそこにはあった。
 派遣艦隊は「長征」に接舷し、艦内を捜索し・・・・乗員48名全員の死亡が確認された。
 艦長の遺体は艦橋の艦長席に固定され宇宙服の中で半ばミイラ化していたらしいけど・・・その手元の日誌の中に「長征」の辿った数奇が綴られていた。
 「長征」はあの日、爆撃が始まる直前に命令を受けて哨戒巡洋艦4隻と共に、出現した空間への突入を試みていた。
 爆撃が始まったのは通過から数分後のことで、彼らは月から放たれる砲弾の進路上にあり、慌てて離脱を試みたのだけれども3隻の哨戒巡洋艦が砲弾の群れの中で破壊された。
 「長征」は生き残りの哨戒巡洋艦「西安」と共に一度月から大きく離れ、事態を把握した「長征」の艦長は再度月への接近を試みた・・・
 
 「我々は確認した。 その投射体は、明らかに月の北側プラトークレーターの4箇所から発射されている。 発射速度は速く15秒前後に一度発射と見られる閃光が確認できる。 大型のマスドライバーなのだろうか? 発射の際にプラズマ光が観測できるが詳細は不明だ。 我が艦隊は投射体の弾道から逃れるために大規模な進路の遷移を実施してしまったが、それは大きな悔恨を伴い、私の判断の誤りを認めざるを得ない。 進路を変えるべきではなかったのだ。 迷わず月軌道に乗るべきだったのだ。 しかし、今からでも攻撃は間に合う。 我が祖国はすでに、多数の閃光に見舞われてしまいはしたが・・・・まだ隣国の日本と大韓連邦は被害を免れているではないか。 我々は、このふたつの国を救おう。 このふたつの国。 決して我が祖国とは友好の絆で結ばれているとは言い難いが・・・私は未来への希望を、日本と大韓連邦の二国に託そう。 
 
 西暦2044年11月3日 中華連邦共和国宇宙軍第2艦隊旗艦「長征」艦長 王華徳宇宙軍大佐」


 慌ただしく綴られた日誌を目にし、派遣艦隊の人々は声を失った。
 彼らはただ泣いたという。 
 この王大佐の最後の日誌を目の当たりにし、日本を救った中国の宇宙戦艦の栄誉を伝えるべき彼の祖国は、連合宇宙軍自らの手で焼き払い、砕き尽くしてしまっていたんだ。
 呉市を地獄に突き落とした中国。
 日本へ押し寄せつつあった地獄を妨げた、中国人の宇宙艦乗り達。
 この報せを知った日本人は、やりきれない気持でそらを仰いだ。
 
 そして、その後、間を置かずしてエドルの存在が確認された。
 長い長い、月の占有者との戦いが始まったっていうわけだ。



 
別窓 | 「その日の夜に、月を見上げて」 | コメント:4 | トラックバック:0
「その日の夜に、月を見上げて」  二十
2008-08-18 Mon 12:41

 日本は生き延びた。
 空間の裂け目が閉じた時点で月からの爆撃は止んだ。
 けれどだ・・・
 日本は今一度の生き残りの試練を与えられた。
 中国が、中華連邦共和国が日本に向けてのミサイルを発射したってわけだ。
 まったく理不尽な話しではあるのだけど、連中が抱いたのは恐怖からだった。
 今時の爆撃で大部分の産業地域と軍事施設を失った中国は、可能性として被害が少ないかもしれない日本に警戒の念を抱いた。 これまでもアジアでの支配権を巡り、静かな・・・彼らの基準でだ・・戦いを営んできた中国は、今時の災禍で弱体した自国の行く末を想ったんだろう。
 こちらは甚大な被害を受け、復興にも莫大な時間と労力が必要とされる。 対して日本の被害が軽微だった場合には・・・
 中国は、月からの爆撃が日本のやや北側で中断していたのを探知していた。
 爆撃を免れた、対弾道弾用の早期警戒レーダーが、その様子を克明に捉えていたってわけなんだけど・・・北京は連絡が途絶していたけど、軍事委員会のお偉いさん達は、世界中が混乱しているうちに日本だけではなく、周辺の目障りな連中の頭上に核弾頭をばらまいておこうって決意したらしい。
 その頃には爆撃の影響で、気候にもありがたくない兆候が見え始めていた。
 そりゃそうだ、6000発ちょっとのメガトンクラスの絨毯爆撃を受けた地球の大気は、衝撃波で連続的になぶられて大気の循環にも影響が生じ始めていた。 ミサイルを撃つなら、その兆候が致命的になる前に実施しなければならない。
 で・・・中国は意志を貫いたわけだ。
 使用可能な長距離、中距離の弾道ミサイル・・・潜水艦はだめだったみたいだけどね・・・それらをロシアの極東連邦管区、シベリア連邦管区、大韓連邦、台湾、インド、日本のめぼしい所へ向けて発射してしまったんだなこれが・・・もうね、目一杯迷惑な話だけれども・・・日本は・・・大部分を撃ち落とした。
 爆撃の集結と同時に、連合宇宙軍は軌道上に再展開して、何処かの困った連中が近所の目障りなやつにどさくさ紛れの弾道弾攻撃やら軌道爆撃をやっちゃったりする可能性に対応しようとしていたわけだが・・・もちろん海上防衛軍の防衛艦もがんばったんだけど・・・呉に・・広島の呉に・・・呉の軍港が目標だった・・・150キロトンの核弾頭を搭載したミサイルが到達した。
 日本に向けられた多数の弾道ミサイルの中の、唯一の撃ち漏らしだった。
 ミサイルは正常に起爆して呉市とその周辺を焼き尽くし、40余万の命を奪った。 
 そして、それに倍する負傷者・・・こんな理不尽な話しがあるか?
 かろうじてつなぎ止めることができた命だってのに・・・
 日本は、おそらく、その瞬間に、本来の日本人としての本性に目覚めたのかもしれなかった。

 いつでもどこでも微笑みを絶やさず腰抜けで相手の顔色を伺い、無茶を言われれば終始狼狽の黄色人種。 中華圏の外れも外れで東夷の国として、いわれのない蔑みを中華、小中華の国から受け続けても知らない振りをして我が道を征き続ける不思議な蛮族。 

 そして、ひとたび怒れば烈火のごとく、息絶え絶えになるまで戦い続ける理解不能の民族。

 日本は昭和の二十年以来封印してきた、この国民性への回帰の道をひらいた。
 この時代でも核兵器を忌み嫌っていた日本人ではあったのだけれど、大口径の電磁加速砲を搭載していた軌道上の宇宙防衛艦は、これを用いて中華連邦の都市という都市への艦砲射撃を実施したんだ。
 これに加わえ、アメリカとロシアは本国で生き残ったミサイルを中国へ向け発射した。
 ヨーロッパもこれに追随し、連合宇宙軍は軌道上の中国宇宙軍の艦船、衛星、軌道プラットホームを含むすべてを例外なく破壊した。
 事実上の第三次の世界大戦となったそれは、気候の激変とともに自然終了したんだけど・・・

 気候の激変は飛行機の空の往来を不可能にした。
 1000の数を超える砲弾で叩かれ続けた海は荒れ、船舶の往来を絶望的なものに変え、港に辿り着けなかった船達は波間に消えた。
 1年に及ぶ、もう一つの受難が訪れた。

別窓 | 「その日の夜に、月を見上げて」 | コメント:4 | トラックバック:2
「その日の夜に、月を見上げて」  十九
2008-08-17 Sun 15:58
 待機室から解放された俺達はシャワーを許可され、一汗流して人心地つくと雁首並べて教室へと向かったわけだが・・・時刻はすでに1時を過ぎているので給食は食いっぱぐれ・・・それでも汗だくの不快さからは解放されてるので気分は上々って感じだ。
 教室にもどると航宙科、兵站科、情報科の面々が起立し敬礼で迎えてくれる。
 彼たちは答礼して席に着き、担任の鈴木先生がいらっしゃるのを待つってわけだな。
 優香は、ちょっとだけ不機嫌そうな眼差しを俺に向けている。
 ・・・だって、演習はまじめらやらないと・・・
 俺は罰が悪くなって、優香から視線を逸らしてしまった。
 でもなあ・・・俺は思うんだけど、優香は俺のことよりも自分のことを心配した方がいいんじゃないだろうか。
 なにしろ優香、学年で1、2を争う操艦士なんだから・・・言ってみれば、航宙科は学年のエリートだし、兵站科も情報科も同様・・・もっとも兵站、情報の中には身体的な不都合でセモードの取り扱いに無理のある連中もいるのだけど、彼らも当然授業の成績は良い。 そこいくと俺達降下戦闘は一般的な生徒の部類に入る。
 まあ・・・おいら達は歩兵ですから・・・もちろん月での戦いの主役は降下戦闘だけど、支援に回る連中の高度な技術があってのことなのでね。
 それでもって、俺達降下戦闘は一番死ぬ確率が高いってきたもんだ。
 はっきり言っちゃえば消耗品。
 それでも、なかなか高価な消耗品だけどね。
 ああ、話しが逸れてしまった。
 そう言えば、まだちゃんと話してなかったっけ?
 なんでこんな世の中になってしまったのか。
 なんで、俺達が月なんかで戦うためにあくせくしなきゃならなくなってしまったのか。
 現在に至る過去ってやつを振り返ってみようか・・・・

 ことの始まりは、20年代からなのだと思うけど・・・第二次の月探査が開始された。
 当時の資源価格の高沸に嫌気がさした日本やアメリカ、ヨーロッパは、部分的にでも、その資源を月に求めてみようって気分になっていたらしい。
 なにしろ月は資源の宝庫。
 鉄、チタン、アルミ、珪素から酸素から水素までの原材料が手つかずで眠ってるわけだから、月を開拓して政府間での管理運営してしまえってな企みもあったらしいんだけどね。
 そんなわけで24年に、小振りな月基地が設営された。
 開拓は進み・・・当然のことながら中国、ロシアは猛反発したらしい。 中国にしてみれば日米ヨの宇宙開発は宇宙の軍事利用だってことになるらしいし、資源国で実入りがうはうはなロシアにしてみれば儲けを邪魔されてなるものかってな・・・勝手なこと言ってくれちゃってるけど、最終的にはロシアも参加することになっちゃったんだなこれが。
 ロシアは当初、自分のところの大型搭載貨物の打ち上げ技術がなければ日米ヨの宇宙計画など頓挫するってよんでたらしいのだけれど、いざ始まってみると日本は宇宙省を発足させて予算をつぎ込み始めてるし、米ヨもロケット開発にばく進中・・・そりゃあまずいわってんで参加を表明して・・・最後までごねた中国を忘れたかのように計画を進めてしまい・・・ってな感じで月の第一次開拓が始まったわけで、40年には200人以上の技術者や科学者が常駐する月基地が、でんってかまえる成果を得たわけなんだ。
 その開拓は順調で、地球の軌道上には重工業用のステーションまで浮かび、そこで月からの資源を受け取り無重力利用の新素材やら宇宙船やらを造れるくらいにまで規模が拡張されつつあったんだよ。
 まあ・・・中国は相変わらず地上に貼り付き領土を拡張することに専念していたわけで、そのために地球は小競り合いが絶えなかったんだけど・・・おまけに制宇宙権だけは自分のものにしておこうなんていろいろやってくれちゃうものだから、日米ヨロは重工業ステーションと月航路の防衛のために連合宇宙軍まで創らなきゃならなくなってしまったわけなんだなこれが。
 当時の日本はまだまだ反戦に熱心な自称進歩的良心的日本人っていうわけわからん人種達が宇宙の軍事化には大反対だって言うデモやら何やらに精を出してくれたらしいが、多くの日本人は現実を見ていた。
 それどころか親中派の諸国が熱心に因縁つけてきてくれるものだから、連合宇宙軍への参加と同時に防衛省は自衛隊を防衛軍に改称して日本国航空宇宙防衛軍、海上防衛軍、陸上防衛軍をつくってしまったわけなんだな。
 彼らにうんざりしていた国民の多くは大歓迎って感じになってたらしい。
 そして、44年の10月31日の午前11時44分。
 月基地でヘリウム3を使っての核融合炉への点火実験が成功して世界中が沸き立った3日後のことだ。
 函館への最初の爆撃があったのは・・・
 世界は函館の受難を隕石の・・・世界で最初の・・・都市圏への落下として援助と救済を開始したのだけど・・・翌日の11月1日に、月基地との交信が途絶した。
 その翌日の11月の2日。
 異変が起こった。
 地球の高度約600キロの低軌道上に、それは出現した。
 空間の裂け目。
 直径1300余キロの円周の空間が開き、その奥には月があった。 
 世界は色めき立った。 
 これは自然の現象なのか?
 それとも、何者かの・・・いかなる存在がこのような現象を生み出し得るのかは想像も及ばないのだけど・・・月からの通信途絶の原因もこの現象に起因するのか?
 けれどだ、世界中のお偉いさん達が頭を悩ます暇はそんなになかった。
 月からの爆撃が始まったからだ。
 それは、秒速が30から60キロにまで加速された砲弾だった。
 函館型よりも大きく、速度も遅いんだけど、空間の裂け目越しに月の数カ所から発射されるそれはメガトンクラスの破壊力で地表を見舞った。 着弾と同時に都市は抉られ、衝撃波がすべてをなぎ倒し大地を揺るがす。
 その爆撃は東経120度、北緯90度から始まり経線に沿って爆撃を続け、南緯90度に至ると西側の経線に10度ずれて再び北緯90度からという、理解できない爆撃が繰り返された。
 その規則性も徹底したものではなく、時には経線をひとつ飛び越え次の経線上に先よりも倍加した砲弾を撃ち込んだりという不可解も生じさせつつ、爆撃は続き、東経120度以西の国々は、まるでスプーンですくい取られるアイスクリームのように、その存在を奪い取られていってしまったわけだ。
 爆撃は不可解なものだった。
 本当に、理解のし難いものだった。
 砲弾は、ある時は正確に都市を直撃したかと思えば、ある時は無人の砂漠を抉り、広がる海洋に落下し・・・その着弾座標は、経度と緯度が10度ごとに交叉する地域に集中していたことがわかっている。
 その意味不明な秩序に従って海洋や無人地帯に落下した砲弾は千の単位で確認もされているが・・・それ以上の砲弾が無慈悲に国という国を蜂の巣に変えていった。
 爆撃に対抗する術はなかった。
 対弾道ミサイルシステムを構築していた国々も、飛来する砲弾の速度には対応できずじまいだった。 補足はできても、迎撃ミサイルの速度が遅すぎた。 また、指向性兵器も照射時間が限定されすぎて、確実に破壊するには至らなかった。
 連合宇宙軍にしてもだ・・・これほど多数の高速での飛来物に対応する兵器を有してはいなかった。 なにしろ、連合宇宙軍にしても創設から日の浅い、にわか海軍のようなものだったのだから。
 軌道上の重工業用ステーションはもっと高い静止軌道にあったのだけれど、空間の異変を確認した時点で軌道を離脱して退避を計ろうとしていたんだなこれが・・・
 その頃、日本は・・・
 
 破滅が迫りつつあった。
 爆撃は東経150度線までに到達していた。
 わずか1自転の間にほとんどの国との交信が不可能になっていた。
 軌道を離脱中の重工業用ステーションは自分のことで忙しくなってしまっていた。
 そうして、オーストラリアのグレートバリアリーフが爆撃されたという連絡がキャンベラから入り・・・日本人の誰もが、自分の順番が回ってきたことを悟った。
 今までの爆撃の規則性から想像するに、日本が最大の被害を受けるのは東経140度、北緯40度あたりで交叉する秋田県の海側とさの周辺。 今までに入っている情報では、その交叉点から半径200キロ強に着弾の座標が広がっていることを考えるに・・・
 しかし、手だてはないのだ・・・ただ、惨禍が通り過ぎるまでは・・・
 諦観の思いが広がった。
 わずか24時間足らずで世界が終わる。
 なんの心の準備もないままに。
 やがて、東経140度線上での着弾が始まったことが観測され・・・
 そして・・・
 沈黙が残った。
 日本を間近にして、爆撃が止んだ。
 日本の人々が、途方に暮れて仰いだ青空。
 その青の中に、染みのように広がる空間の裂け目の向こうの月の地表に、いくつかの巨大な閃光が広がっていた。
 
 日本は生き残った。
 次第に閉じ始める空間の裂け目を仰ぎながら、人々は、自分達が生き残れたことを悟った。
 けれど・・・
 その時から、日本人は、今までとは違う生き方をしなければならなくなったわけだ。
 

 
別窓 | 「その日の夜に、月を見上げて」 | コメント:6 | トラックバック:0
「その日の夜に月を見上げて」  十八
2008-08-08 Fri 16:21
 安藤は、つかつかと俺のところに突撃してくると、いきなり俺のえり首をつかみあげた。
 「どういう真似をしてくれたんだ点数稼ぎがっ!」
 ああ、目一杯怒ってんじゃないか。
 俺は何も話せなかった。
 話せないっていうか、息ができない。
 息ができないから話しもできない。
 だからといってもがいて安藤の手を振り払うこともできない。 この場合、安藤の方が腕力も体力も上なわけだから、俺としてはすでに撃破されたも同然なんだなこれが。
  「なんで、あの時ミサイルの管制権を渡さなかった? なんで突撃しての混濁戦なんぞを選択した? おまえは戦場を台無しにしたんだぞっ!」
 俺は腹が立った。
 息が苦しいんだが・・・取りあえずは反抗の意志丸出しで、安藤を睨み返してみたんだけど、恐い。
 どうやら、そんな俺に見かねたらしい穂橋が安藤の肩に手を置いた。
 「やめろよ」
 穂橋は静かな、それでいて怒りを押し殺した断固とした態度で安藤を見据えた。
 「吉川の選択は正しかった。 安藤、おまえ達はミサイルの運用をなおざりにしたぞ」
 「それいうなら、こいつはどうだ? ミサイルの飽和攻撃を選択したなら、何故俺達にそれを渡さない? 高台にいた俺達の方が『甲7』の配置を把握していた! 俺に管制権を渡せば、それ以後の損失はなかった!」
 「ちがう。 偵察機は生きていたんだ。 コムは『甲7』の位置を掌握できていた。 おまえ達が稜線射撃に失敗して頭を下げてる間にだぞ!」
 めずらしく穂橋は怒り始めていた。
 俺は穂橋に感心していた。 穂橋は、安藤が自分にだめ出しをしたことで怒っているのではなく、戦術を間違えていることを正そうとしていたからだが・・・ねえねえ、安藤君そろそろおいらを下ろして欲しいんですけど・・・
 「だから掩護を要請したんだろうがっ!」
 「それ以前にだ! おまえら射撃どころじゃなくなってただろうがっ!」

 ・・・ねえねえ、話し合い大歓迎ですけど、そろそろ俺を下ろして欲しいぞ・・・

 なんだかこの二人、俺が宙ぶらりんなの忘れてないか?
 俺が涙目で呼吸困難な状態を無視しつつ、双方罵り合いに発展し始めたとき、天の声が響いた。
 「いい加減にしなさいよ!」
 弓本由香里が、俺を掴みあげてる安藤の腕を振りほどこうとした。
 安藤は、弓本を押しのけて俺を突き放した。
 ああ、やっと息ができるってもんだ。
 俺は咳き込みながらみんなの前で床に転げ、天井を仰いでぜいぜいと空気を貪った。 かっこ悪いなんて言ってる場合じゃない。 
 「あのね、安藤君! ほばみんが言ってるのは、なんで敵の火力が集中して身動きとれなくなった時に、陽動でも良いからあんた達4機でミサイルの統制射撃をしなかったのかってことなんだよ! そうすれば敵も火力を制限されるでしょ? あんた達に向けてた火力をミサイルに向けなきゃならなくなるんだから、そこであんた達の大好きな電荷砲を使える状況に誘導できてたかも知れないってことなのよっ!」

 沈黙があった。
 一同の視線が穂橋に集中していた。
 安藤達までもが穂橋へと眼差しを向けた。
 その眼差しにさっきまでの敵意はなく、むしろ感銘を受けたとでも言いたげなものへと変貌していた。
 「・・・・ほば・・・みん?」
 「あ?」
 「えっ?」
 一同が凍りついている。
 俺はやっとの事で立ち上がり、穂橋へ言った。
 「・・・ほばみんって・・・言われてたんだ」
 穂橋は恨めしそうな、それでいて困ったような顔で弓本を見つめていた。
 弓本も、しまったという感じで赤面している。
 「た・・・たのむ、みんなは普通に名前を呼んでくれ」
 穂橋はしどろもどろに俺達を見渡した。
 
 「傾注!」
 まるで頃合いを見計らったかのように、待機室に士官様達が入室してきた。
 俺達は弾かれたように待機室の、それぞれの席に着席する。
 「起立っ!」
 さてさて反省会の始まりだ。
 「敬礼っ!」
 教壇に立った士官様が答礼を返すが、俺達はまだ着席を許されない。
 「諸君、演習ご苦労! 今回の演習は従来のものとは極めて状況の異なるものであったと感じたことだろう」
 士官様が一同を見渡す。
 「今回の降下演習の主題は、指揮官機喪失、軌道支援の途絶という状況下で、諸君らに自然発生的なコンフリクト(対立の意)を体験させることにあった。 『すずき』艦の喪失についても同様であり、これは演習上必要な措置であり、航宙科の了解を得た状況であることを、今回の『すずき』艦艦長の任にあった学生の名誉のために伝えておこう」
 ・・・なんともまあ・・・
 俺は直立不動のまま、心の中では毒づいてやりたい気分満々になってしまった。
 「すずき」は・・・ああ、士官様はこうした時、艦名のあとに艦をつける。 つけないと担任を呼び捨てになってしまうという儀礼上の気遣いらしいけど、俺達にもそれくらいの気を使って欲しいものだなあ。
 「着席せよ」
 士官様は、ようやく俺達を座らせることを思い出してくれた。
 そして、それからは延々と士官様の説教が続いたというわけだ。
 俺達は疲労もあって・・・なにしろ演習時間は2時間にも及んだわけだし・・・ああ、喉も渇いたしトイレにも行きたいぞ。 
 「まず、何よりも、今回の演習の結果が、我々が予想していた以上の状況であったことに敬意を表すべきであろう。 戦術降下官制誘導システムの途絶、戦術支援衛星の喪失にもかかわらず、降下目標地点への手動降下、その後の橋頭堡の獲得、ミサイルによる統制射撃は比較的迅速に行われた。 また、今回はエドルの新装備と対峙したにもかかわらず、即応し、これを殲滅し得たのは誠によろしい・・・吉川学生!」
 「はいっ!」
 「地中レーダーは良かったな」
 「コムのおかげでありますっ!」
 「よろしい・・・安藤! 山本! 井手口! 亀井!」
 「はいっ!」
 「貴様らは手動降下時の高地への降着が見事であったが・・・出席番号序列穂橋の指揮には従うべきであった」
 「しかし・・・」
 ありゃりゃ、安藤君ってら士官様にご意見ですか?
 「穂橋の指揮は良好であった。 指揮官機全機が失われた時点で可及的速さで出席番号序列を宣言し、降下を成功させてミサイルでの反撃を可能にした。 穂橋にとっての不幸は地中推進型のエドルの新装備が投入されたことだ」
 ってな具合で、今回の降下から戦闘の終了までが評価されていく。 
 単機ごとに、戦隊ごとに、大隊全般にわたり、そして、今回登場のエドルの新兵器に至るまで。
 途中15分の休憩を入れて・・・総員お手洗いに突撃という惨状が現出された・・・俺達はようやく今日の授業が終了って具合になったわけだが・・・・
 士官様が授業の終了後・・・・
 「穂橋学生」
 穂橋を呼んだ。
 「はいっ!」
 「おまえコールサインを変更したければ受領してやるぞ」
 「はあ・・・いえ、今のままで問題なしですが・・・・」
 「な〜んだ」
 士官様はがっかりしたように言った。
 「ほばみんに変えたいのかと思ったのに」
 待機室中に笑いを押し殺す声が広がる。
 穂橋は赤面しつつも直立不動で我慢していた。
 士官様が退出と同時に、それは大爆笑となって待機室を満たした。



別窓 | 「その日の夜に、月を見上げて」 | コメント:3 | トラックバック:0
雅じゃないけど・・・
2008-08-04 Mon 12:06

わたしは雅・・・ええ〜と・・・みやびね。
そうそう、私は雅なものが大好き。
だから、雅なものに囲まれるとうっとり・・・・

今日は休日。
だから、雅な花々いっぱいのバルコニーで、午後の日差しにぽかぽかしながらお茶を楽しむのよ。
なんだけど・・・・

・・・ヴォン、ヴォン、ヴォ〜ン・・・

あ、夫殿がプラモを作り始めた。
エアブラシで色を噴き噴きしているのね。
まあ・・・完成するとカラフルな飛行機の迷彩を見せてくれるから・・・大戦中のドイツ機のモットリング (ドイツ機特有の斑点迷彩) なんかが面白いから許してあげてるんだけど・・・


 計画機

ああ、これは失敗作なんだって〜
・・・机も汚くて雅じゃないぞ〜

・・・ヴォン、ヴォン、ヴォ〜ン・・・

・・・・・・・・・・

・・・ヴォン、ヴォン、ヴォォォォ〜ン・・・

・・・やっぱり、コンプレッサーがうるさいっす・・・

なのでわたしは夫殿の模型部屋を開けて。
「ちょっと、写真撮りに出かけてきますね〜」
うるさいからやめてって言わないところが健気な細君っていうふうでいいじゃない?
な〜んて・・・わたしは車で出撃!
弟から聞いていた怪しくも美しい、睡蓮いっぱいの沼を目指したのよ。

  
            ぬまよ〜ん


ふむふむ・・・
着いたはいいけど、わたしは興ざめ・・・・
睡蓮はまあまあ咲いてるけど・・・・咲いてるけど・・・

・・・・カエルがうるさい・・・・

沼中あちこちでゲロゲロゲロ・・・
・・・来なきゃ良かったかも・・・・
と、沼の淵に小さな看板を発見。
なになに?

「かたばみ沼へようこそ       
 カエル取り放題です
 ボートもご自由にお使いください
    
              夢薔薇協会」

・・・・?・・・・
カエルなんか要らないぞ・・・って思ったのだけれど・・・もうすぐ四時だし、ここが今日最後の撮影場所だし・・・まてよ、ボートが使えるなら間近から睡蓮を・・・
わたしは喜び勇んでボートを漕ぎ出して睡蓮に接近。
買ったばかりのデジカメをかまえて・・・・ああ、カエルが目障り。
ちょっとちょっと、いくら睡蓮がいっぱいでもカエルもいっぱいじゃないのよ。
わたし、カエルがおまけつきの睡蓮なんて撮りたくないわよ。
その時、一匹の小ずるそうなカエルがわたしのボートに飛び込んで来て・・・

ゲロゲロゲロ

「ええ? なになに?」

ゲーロ ゲロゲロ

「俺達が邪魔か? ですって?」

どうやらわたしの気持がわかるらしいんだけど・・・なんでわたしまでカエルの言うことがわかるの?

「ああ〜四時間くらいなら姿を消しても良いって言うのね?」

ゲロ〜♪

「ではではカエルさんよろしくね」
私はにっこり。
すると・・・

ポンポンポンポンポン!

カエル達が次々と睡蓮の花に変わって行くじゃないの〜!
すごいすごい。
辺り一面花だらけ。
こんな光景、見たことないわ〜♪

わたしは思う存分写真を撮して、雅な水面の睡蓮達を愛でながら時を過ごし、満ち足りた気分で帰宅したのよ。
玄関をくぐると・・・夫殿は留守。

「模型に煮詰まったので釣りに行く」

あらあら・・・まだまだ完成は遠いのね。
わたしは撮った写真をパソに取り込んで、のんびり・・・うーん、夫殿の帰りが遅い。
「ただいまあ〜」
あ、ご帰宅ね。
「もうすぐ八時じゃないのよ〜心配しましたよ」
ちょっとご機嫌斜めなわたしの前で、大きな発泡の箱を抱えてニンマリな夫殿。
さては大漁だったのかと訝しみつつ、箱を開けてみると・・・・

睡蓮の花がいっぱい!

わたしはびっくりして夫殿を怒ったのよ。
「こんなに採ってきて・・・睡蓮の花を採るなんて、立派な犯罪でしょう!」
ところが夫殿。
「いやいや、看板に睡蓮取り放題ですって書いてあってね。 ボートまでご自由にってあったから、おみやげにね〜」

・・・取り放題?
・・・ボートもご自由に?

ご機嫌な夫にわたしは恐る恐る・・・・
「夢薔薇協会のかたばみ沼?」
「ぴんぽー〜ん」
夫殿が答えるのと時計が八時の鐘を打つのとがほぼ同時だったわよ。

ポンポンポンポポポンポンポンポン!

まるで豆鉄砲の機関銃みたいな音が居間に響いて。

ゲロゲロゲロゲゲゲケロケロケロ〜っ!

「やっぱり〜っ!」

夫殿が取り放題だったのはカエルが化けた睡蓮〜っ!

ゲロゲゲロケロケロケロ・・・・
   ゲロゲゲロケロケロケロ・・・・
      ゲロゲゲロケロケロケロ・・・・
         ゲロゲゲロケロケロケロ・・・・

「輪唱するなあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ〜っ!」

カエル達は私を無視して輪唱中。
でもでも・・・ちゃんと歌えてる。

でね、わたしは思ったの。

う〜ん・・・まあ、それならそれで合唱隊ひとつ抱え込んだということで、良しとしましょうって・・・

ええ、決してみやびではないのだけれど・・・・


            ぬま〜


お願いしたら、また睡蓮に化けてくれるのでしょうか?
ええ、たったの四時間だけ・・・


 詠む詩も、その振る舞いまでもが雅な 雅やびさま、お誕生日おめでとうございます。




別窓 | みずがらみ | コメント:10 | トラックバック:0
| 月の石 | NEXT