月の石

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§ 「長雨の後に君と」  七十一


待つこと数分。
 ヤツは姿を現した。ずんぐりした栗というかドングリみたいな体系に蛇腹状の長い手をぶらぶらさせている、前世紀のアニメに出てきた水中戦用の機動兵器そのものって恰好のこいつは、実はこのビオトープの溺者救助用兼水環境管理改善ロボットで、くだんのアニメの制作会社から許可をもらって「ゴックくん」って名前が付けられてる愛嬌者だ。
 「ゴックくん」はこのビオトープに三台常駐して、溺れる子供なんかを探知した時は全速で駆けつけ救助に当たってくれる優れものなのだ。
 この鷲別がビオトープの町宣言をした時に大問題になったのは子供が水辺に親しむのは結構だが溺れた時にはどうするんだってことだった。
 それに対する回答が「ゴックくん」で、こいつは駆けつけると熊手状のでっかい手で溺者を救い上げて水から揚げ、自動的に消防へ通報して、装備している人工肺を使って一時救命までやってのけるから大したもんで、それ以外にも水質検査を常時行い、青粉だったりボウフラ大量発生なんかの前兆があると衛生局に通報したりなんかもしてくれる。
 つまり鷲別のビオトープは、こいつら「ゴックくん」達の活躍によって安全と健全が維持されているってわけだ。
 まあ、もともとの「ゴックくん」は軍用のUWAD(under water assault device)を民生化したもので、当然戦闘機から鉛筆までみたいな企業さんからの貢物なわけだが、もらってありがたいものには変わりがないか。
 その「ゴックくん」が俺を自殺志願者かなんかと勘違いして寄って来たんだなこりゃ。
 ただ、岸辺は膝元くらいまでしかなくて、中心の最深部で1メートルのビオトープで溺れるなんて、酔っ払いか低学年の子供くらいだぞ。まじめに・・・まじめに考えられても自殺はいけません・・・自殺しようって考えるなら、すぐ目の前が急に深くなってる悪夢の砂浜へ足を運ぶってなもんだい。
 ああ、「ゴックくん」の赤色灯が鬱陶しい。
 「俺は自殺志願じゃないよ。散歩してるだけだよ」
 初歩的な言語の理解力がある「ゴックくん」に俺は訴えかけたね。
 「ゴックくん」はこうして見ると、けっこう愛嬌がある。それは当然の理由で、溺者が「ゴックくん」を恐れないようにするための配慮だった。人間ってやつは、水中ででかいものに接近されると、どえらい恐怖に襲われる習性がある。溺れているだけでもパニックなのに、そこへ図体のでかい見慣れないやつが近づいてきたら、それでなくても切羽詰まってるところに輪をかけて、火に油を注ぐ結果を招いてしまう。
 ほらほら、ペンサコラのウミヘビ事件を想像するだけで、水辺から足が遠のいてしまうだろ?
 俺は小学生の時の水泳教室で、実際に「ゴックくん」に救助してもらう授業があったんだが、その時の「ゴックくん」は、水中で『ダイジョウブダヨ。コレカラごっくクンガタスケニイクカラネ』ってな声をアニメ声で言いながら近づいてきて『コワクナイ。コワクナイカラネ~』なんて鳴らしながら俺を救い上げてくれたもんだ。
 だから、鷲別に住んでる子供達には、『ゴックくん』は親しみのあるオモシロで頼りになる機械でできたゆるキャラみたいな存在であるのだ。
 もっとも軍用の「ゴックくん」は水中で、怪獣並みの怪しく恐怖を誘う唸りを上げながらブースター付きの対人銛をぶちかます悪魔の存在らしいから、もしも港で溺れた時は助けてもらいたくないかもしれない。
 「ゴックくん」は、俺の声に反応してこくりと愛嬌たっぷりに頭を下げる。
 俺は、「ゴックくん」がそのまま沖へ行ってしまうと思ったんだが、赤色灯を消すと、その蛇腹の先の熊手をひらひらさせて100メートル向こう岸を指して見せる。
 意外な光景が、その先にはあった。
 向こう岸の茂みの中に人影が見え隠れしている。
 何か言い争いをしている様子で、ちょっと穏やかじゃない感じだが、夕闇が迫りつつある中、かすかに残る夕日が、その二人が誰なのかを俺に教えてくれた。
 「ゴックくん」が囁くような小声で俺に語りかけた。
 「キミニハ新シイ人生ガアル。失望ナンカスルコトナイカラネ」
 「え?」
 俺は目が点になったぞ。
 「ゴックくん」はそう言い残すと静かにビオトープの水面の中に姿を消していった。
 本当に、俺は途方に暮れて、向こう岸の二人を見つめていた。
 その二人。
 いや、前からもしかしてなんて思ってはいたんだけど、いざ目の当たりにしてしまうとこうもショックを受けるものなんだなっていうのが、俺の正直な感想だった。
 その二人は、浅沼香と蓮道周里先輩。
 その二人が、なにやら激しく言い争っている。
 会話の内容はさすがに聞き取れないが、痴話喧嘩にしては激し過ぎるその身振り手振りが俺の不安をかきたてた。
 一瞬、あそこへ行って仲裁に入るべきかと思ったけど、どう考えても馬にけられて死んじまえ的扱いを受けそうだし、野暮以外の何物でもないと思って俺は、ただここからはらはらしつつ二人を見守るしかすべはなかった。
 「何も気に病むことはないのよ」
 その時、突然に俺の耳元で、聞き慣れた声が囁いた。
 それは俺を戦慄させた。
 振り返りたくても体が動かない。
 「君には、信頼できる人がいる・・・だから、気に病むことはないわ」
 俺の体はどうしたことか声も出せない。
 そして俺は実感した。
 秋津島穂高が言っていたことが、すべて真実だったと。
 「君は認めたくないだろうけど、水草は導く・・・導く先に私はいる・・・」
「そんなの無理だよ・・・先輩、急にいなくなっちゃったのに・・・俺に、あんな無理難題押し付けてくれて・・・秋津島さんにまで」
 俺はやっとの思いで背後の緑川先輩に・・・本当に彼女なのか?・・・抗議した。いっい、声に出して言ったのか、心の中で叫んだのかもわからないくらいに感覚が麻痺し始めていた。
 「あの子は、鍵になってくれたよ・・・あの川で、君を助けた瞬間から、私は彼女に君のことを託すことに決めたの・・」
 「彼女を巻き込むなよ!」
 ああ、何てことだ、結局俺が巻き込んじゃったのか?
 俺が溺れかけたせいで・・・あんな猫ですら溺れないような浅さの川で、俺が無様に蹴躓いたりなんかしたもんだから。
「彼女は何の関係もなかったのに」
「でも、彼女がいなければ、君は知ることができなかったでしょう?」
 声は笑っていた。
 俺は動けなかった。
 いや、動けていたとしても、怖くて振り返ることなんてできなかっただろうと思う。
 それほどに、耳元の声は、かつての緑川美佐子の柔らかだった音色を失い過ぎていたから。
 「水草が導くとしても、そこに何があるって言うんだ」
 俺は怒りを覚え始めていた。
 第三次世界大戦で世界は滅茶苦茶になって、俺達にも残された時間は少ないかもしれないっていうのに、どうして変わり果てた緑川さんの怨念に縛られなきゃならないっていうんだ。
 「あそこへ行って、ガラス棒を取り返したとして何か世の中が変わるって言うんですか?俺は、先輩を弔うためなら行くけど、そんなもののために行くのは嫌だ!」
 それが俺の本心だった。
 あそこへ行くのは、最初は違法栽培の水草を駆除するためだった。
 でも、それは秋津島さんとのやり取りの中で抱いていた不安が現実のものであるらしいと悟った瞬間から、あそこにいるかもしれない緑川さんの亡骸を見つけ、弔うためのものになった。
 決して、わけのわからないガラス棒なんかのためじゃないんだ。
 「あれをそのままにしておいてはいけないの。そのために私は死んじゃったんだから」
 ああ、なんてことを。
 「いったい」
 俺は声を荒げた。
 「いったい誰が先輩をっ!」
 俺は全身に力を込めた。
 その勢いで振り返って、背後の緑川さんと対峙するつもりだったんだが。
 突然に、俺を拘束していた何かが消え失せ、そのはずみでバランスを崩した俺は、駒のように一回転して、水草の茂る水辺に転落した。
 


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2015/09/17/Thu 03:45:19  「長雨の後に君と」/CM:0/TB:0/

§ 「長雨の後に君と」  七十

   「君は、水草が好きなのかな?」
 緑川さんが目を細めて俺を見つめる。
 意外なところで同じ水草好きに出会ったって感じで、嬉しそうに俺を見つめていた。
 「あ、あの・・・」
 俺はどぎまぎして返事に困ってると、緑川さんはもう一度「ごめんなさい」って言って自己紹介してくれた。
 「私は緑川美佐子。鷲別第二高校の一年生なの」
「あ、ぼぼ僕、鷲中三年の竹林庄一って言います」
今時、僕ってありかいなって気恥ずかしく思ったけど、その時は美しい年上のお姉さまを目の前にしてのぼせ上ってたんだな。
 「じゃあ、受験生なんだ」
 「あ、はい」
 「どこ受けるのかな?」
 「いや、自分、あんまり成績良い方じゃないんで・・・どこか入れるとこに」
 「そっかあ」
 向上心に欠ける残念な中学生って思われたかどうかは定かじゃないが、緑川さんはそれ以上深くは聞いてこなかったんで俺はちょっとだけほっとしたね。
 「君は・・」
 ふと思いついたとでもいうように、緑川さんは呟いた。
 「水草育てたりしてるのかな?」
 「はあ・・・その」
 俺はちょっと躊躇ったが、先日の黒歴史的事件の顛末についてを口にしていた。
 本当なら、今もここでゆらゆら水の中だったはずの水草達を破滅させた俺は、とてもどころじゃなく罪深くて、生き物なんて飼う資格がないって落ち込んでいたから、誰かに話を聞いてもらいたかったんだ。
 ある意味では、水草は消耗品だ。
 たしかに金魚なんか飼ってれば、水草は食べられてつるつるてんになってゴミ箱行きが常套だ。
 でもカボンバだって意味もなく水槽の中でどろどろにされるよりは、金魚の胃袋に収まって成長の糧となったっていう矜持のもとにつるつるてんになった方が捨てられ甲斐もあるってもんだろう。
 俺は、水草達を無駄死にさせてしまった。
 「そっかあ・・・そんなことがあったんだ」
 うんうんと頷きながら緑川さんは、持っていたポリバケツを足元に置いた。
 「私もあったよ、そういうことが」
 「緑川さんも?」
 緑川さんは、深くゆっくりと俺に頷いた。
 「君は、根っこから全部採っちゃったの?水草達」
 「え、あ」
俺はちょっと記憶をさかのぼり、あの時のことを思い出してみた。
 「あ、いえ、途中のところで茎を切りました・・・ええ、全部そうしました」
 そりゃそうだ、ここはいくら水草に手が届くとは言っても、根っこまでは無理だ。
 それに、水草は茎の途中からでもまた根を出して育ち続けるタフな奴らなのだ。
 もっとも、俺の水槽ではそうなってはくれなかったが。
 「それなら君は殺してないよ」
 「え?」
 「だって、根は残ってるんだから、彼らは今もここで育ってるよ」
 緑川さんは優しく言ってくれた。
 俺は泣きたくなったぞ。
 さすがに初対面の美少女の前で泣くほど俺は愚か者じゃなかったが。
 「水草はまだ、ここで生きているよ」
 緑川さんの笑顔には俺に、彼女が実は水草の妖精が慰めに来てくれたんじゃないかってな妄想を抱かせるに余りある荘厳な雰囲気を漂わせていた。
 「また挑戦してみればいいのに」
「で、でも、やっぱり知識とか足りないんだと思います」
 俺は二の足を踏んだ。
 「そっかあ」
 悪戯っぽい顔を俺に近づけて・・・俺は気絶するかと思った・・・緑川さんはこう言ったんだ。
 「それなら二高においでよ」
 「二高ですか?」
 俺はおうむ返しに聞き返した。
 でも、二高はそれなりに勉強しないといけない高校で、端っから俺の進学の選択肢には含まれていない学校だった。
 でも。
 でもだな。
 「生物部で水草も育ててるんだよ」
 「部活でですか?」
 「うん、いろんな水草育ててるから、君も楽しめるって思うな」
 ああ、こんな笑顔を拝めるなら怪しげな壺でも教材でも買ってしまいそうな気がする。
 「私もいるから、考えてみて」
 そう、その一言だったんだ。
 俺が総力戦的な勢いで猛勉強に励んで二高を受験した理由は。
 部屋の片隅で放置プレイになってる空の水槽が、くじけかけた時の督戦隊的役割を果たしてくれたこともあって、果たして俺は合格することができたんだ。
 緑川さんの待ってくれている高校に。
 あれからもう、二年が経っちゃった。
 ・・・いったい・・・緑川さんに何が起こったんだろう・・・
 過去の妄想記憶から現実に立ち戻った俺は考え込んでしまった。
 はたして、秋津島さんが言ってるようなことが、現実に起こり得るんだろうか?
 緑川さんの幽霊って言われても、正直なところ首をかしげたくなってしまうんだが、俺の知ってる秋津島さんは、言ってみれば謹厳実直。あれだけの美貌を兼ね備えているにもかかわらず、浮ついたところなんて微塵もないぞ。
 たいてい、あんな大美人なら周りからちやほやされ過ぎて、何だかよくわからん私中心の鼻持ちならない女になってしまうこと請け合い・・・・そうとう美女、美男に対する偏見が入り混じってることは認めるが・・・なわけで、俺が知ってる、その貴重な例外が秋津島さんと緑川さんと浅沼香っていうわけなんだが。
 ああ、なんて守備範囲の狭い俺の高校生活。
 そんなことを思ってため息をつくと、ビオトープの真ん中あたりでパトカーみたいな赤色ライトが点滅し始めた。
 あたりが少し暗くなって・・・まだ午後三時だってのに・・・よく見えなかったんだけど、ヤツめあんなとこに陣取ってたのか。
 俺が飛び込み自殺でもするって勘違いしてんじゃないだろうな。
 その回転する赤色灯は、なかなかの速さで俺のたたずむ岸辺へと近づいてくる。
 しょうがないので俺は、ヤツが姿を現すのを待つことにした。








2015/07/26/Sun 03:03:05  「長雨の後に君と」/CM:0/TB:0/

§ 「長雨の後に君と」  六十九 


*    *    *    *    *    *    *    *


 秋津島さん、可愛かったな。
 俺は実際、これまでの人生の中で最大の幸せ感に満ち満ちている。
 バス停で見送った時も、バスの窓から小さく手を振って秋津島さんは、はにかむ様に笑顔を見せてくれたもんね。
 ああ、まったく、俺のような優柔不断で大して取り柄もない埴輪顔の一高校生がここまで味わっていいのかって思えるほどの幸せなひと時だったぞ。
 ビーフ七号も美味しかったし。
 俺は自分でも気づかず鼻歌交じりで帰路についたわけなんだけど、どういうわけか寄り道をしていきたい衝動に駆られて今、ビオトープの巨大池の遊歩道をとぼとぼと歩き続けている。
 どうしてなのかは自分でもわからない、本当に。
 ただ・・・今日は水草の話題が多過ぎたのかもしれない。
 俺は、その場所で足を止めた。
 俺が水草を本気で育てる気になったこの場所で。
 緑川さんと初めて会ったこの場所で。
 そうだ、俺は中三の夏に初めて照明やらフィルターやらヒーターのついた水槽セットを買ったんだ。
 そして、前から育ててみたいって思っていた、ここの水辺の水草達を採集して水槽いっぱいにレイアウトした。
 ここのビオトープは、水草も生き物も自由に採ることができる、水辺の生き物好きには天国のようなところだった。
 ここで採れるのは代表的なカボンバとかマツモとか、あとはアナカリスくらいだから、そんな大して立派なアクアリウムができたわけじゃない。それでも初めて作ったそれは水槽の中で照明の明かりを浴びて何とも言えない綺麗な緑をゆらゆらさせていたっけ。
 そして、それがわずか三日で全滅し、どろどろに溶けて水槽の中を悪夢と混沌で満たしてくれやがった時は、さすがに俺はもう二度と水草なんぞを育てるわけにはいかないって思ったもんだ。
 この水辺から、二度と水草を採ってはいけないって、そう心に決めたもんだ。
 でも、やっぱり水草好きな俺は、やっぱり足がこちらに向いてしまい、そのたびにすぐ手の届く距離にある水草を眺めては採りたいって衝動と、また殺す羽目になるぞっていう葛藤の中で悶々としてしまっていたっけ。
 そんな時だった。
 ある日の夕方。
 学校の帰りに、ここで水草を眺めていたら、後ろから誰かの足音が聞こえた。
 振り返ると二高の制服着た綺麗なお姉さんが微笑んでいた。
 「ごめんなさい」
 そう言って、その人は俺の隣に並んだ。
 「私時々、ここで水草を採りに来てるものだから」
 「水草?ここのカボンバやらマツモやらアナカリスを?」
 なんてことだ類は友を呼ぶというのはこういうことのことを言うものなのか?
 ここの水辺は足場が良くて、わざわざ水に足を入れなくても、ちょっと屈んで手を伸ばせば水草に手が届くんだ。
 だから俺はここへよく来ていたわけなんだが。
 「きみ、詳しいんだね」
 その人は、同好の士と知って安堵したらしく、親しみを込めた眼差しで俺を見つめた。
 本当に綺麗なひとだったんだ。
 背丈は俺よりおでこ一つ分くらい高い。
 長めの黒髪はストレートがさらさらで、夕日がオレンジ色の天使の輪を作っていた。
 なんだか水草の精霊が、落ち込んでる俺の前に姿を現したんじゃないかって錯覚を覚えるくらいに印象的な美しさだった。
 もっとも、彼女が水色の20リットルのバケツを右手にぶら下げてるのを除けばの話なんだが、それがすなわち緑川美佐子さんと俺の出会いの光景だったというわけなんだ。



2015/06/24/Wed 02:04:59  「長雨の後に君と」/CM:0/TB:0/

§ 「長雨の後に君と」  六十八

 

 でもまあ、あれだ。
 「何だか、君も相当詳しいように見えるよ」
 取りあえず当たり障りない返事でかわしておくのが穏当というものだね。さっき理穂撃破に助太刀してくれた義理もあるわけだし。
 それに・・・
 「あ、うん、実は俺、結構好きなんだ」
 はにかむように竹林が答える。
 「でも、何だか想像できちゃうよ」
そう、幼少期の竜吉さんを知るには・・・竹林と付き合う以上は、かの謎のお年寄りの正体の片りんを掌握するには・・・最高の機会ではあるまいか。
 「え?」
 「いや、子供の頃の竜吉さんの様子が目に浮かぶ」
「あー、竜吉さん、昔の鷲別を知ってるからねえ」
 竹林が目を細める。
 「昔の写真をいろいろ見せてもらったよ。今とは違う鷲別漁港だとか」
 「え?違うの?」
 「うん、昔は鷲別川の入り江の当たりは岩浜で、その横に港があったんだよ。今みたいな岸壁じゃなくて滑りが海へ繋がっててさ、その脇には突堤があって、竜吉さんはよくそこで腹ばいになりながらタモで小魚を救ってたらしいよ」
 「海が怖いくせに?」
 「まったく海が怖いが聞いてあきれるよねえ」
 はっはっはと父親代わりの祖父を笑う孫の姿にイラッときた私だけど、さすがにこれは反論できないぞ、まったくご都合主義のじじいと…ええい、ついでにこいつも入れちゃえ・・・孫だ。
 「でねえ」
 私の心中も知らず、竹林が話を続ける。
 「漁港の滑りはいろいろな漂着物があって、竜吉さんたちはそんなものを拾っては海に投げて遊んでいたらしいんだけど、ある日竜吉さんは不思議なものがコンクリの上で干からびてるのを見つけたんだそうだよ」
 「ちょ、ちょっと、それは君の言うところの・・・」
突然さっきのUMA繋がりですかと私は身構えた。
 次の竹林の言葉にわくわくしている自分に驚いてるぞ。
 もしかしたら私、この手の話がストライクなんじゃないか?
 もしかして、今日帰ったとたんにパソ開いて・・・いやいや、帰りのバスの中でスマホつかって謎の怪獣検索三昧になりそうな私がいるぞ。
 「あ、そんなに期待されると」
以外に乗り気な私に竹林がドン引きしている。
 何よ何よ何なんだよ、火をつけたお前が悪いんだぞ。
 最後まできちっと話せよ生きた遮光器土偶め。
 私は、とっとと話せよってな目で竹林を睨みつけてやった。
 たちまち奴は真っ白に凍り付いたぞ。うーん、これからのお付き合いでは絶対に私が主導権を握れそうだな。
 「あ、ああ・・・」
 竹林め、絶対私に話したこと後悔してるなウシシのシ。
 「その、エイがね」
 「エイ?」
 え、なんだ?
 そんなつまらない話か?
 「エイって、あの三角でヒラヒラに尻尾が付いた?」
そもそも登別近海にそんな奴が生息してるのか?
 「うん、それこそ自分の上半身くらいあるエイだったんだって」
 「ま、まあ、当時小学生からすれば立派なUMA」
 しょうがない、それくらいは妥協してやるか。
 「でも、エイって尻尾に毒針があって・・・」
 「うん、でも竜吉さん、図鑑でそういうこと知ってたようで、気を付けながら尻尾を掴んでグルグル振り回すと海へとドボン!」
 「おー!」
やっぱりしょうがないから話を合わせてやる健気な私。
 「竜吉さんいわく、エイはボスタングつながりでお気にの生き物だったそうで」

 え、ボスタングって何?

 それが日本の怪獣史上欠かすことのできないテレビ番組の「ウルトラQ」に登場したエイ型宇宙怪獣だって知ったのは後日のことです。

 「そいつはでっかい水しぶきを上げて竜吉さん達は大喜びだったそうなんだけど、そいつぺカペカに干からびてたくせに生きてたんだったさ~」
 竹林のバカ野郎め、一人でオチ作ってへらへら笑ってんじゃねえぇぇぇ~っ!
 「それで、奴は鷲別川の川上を遡上していったらしい」
 「え、海へじゃなく?」
 まったく、ガキがガキならエイもエイだな。
 「打ち上げられたか、網に引っ掛かって捨てられたエイにしてみれば、水があるならどこでも良かったんだなあ」
 竹林は一通り話して満足したって感じで再びステーキを攻めにかかった。
 「あー、何となく竜吉さんの幼少時代が目に浮かぶわ」
 私は妙に納得して竹林と同様ビーフ七号にフォークをぶっ刺した。
私と竹林はしばしの間、食欲の導くままに肉を切り齧り、挙句の果てにはデザートを食い散らかし・・・私はマイナス40℃のフローズンフルーツ盛り合わせを躊躇うことなく注文し、竹林はアイスと季節の果物のてんこ盛りセットをやや躊躇いがちに選択した。
 なんで逡巡したのかを尋ねてみると、甘党の男子は微妙に恰好が悪いんじゃないかって思ったかららしい。だから私は大笑いして、それなら400グラムのお肉を平らげてなおデザートにまで突撃する女子はどうなんだって突っ込んでやったら竹林も大笑いして、私達はちょっと和気あいあいとした雰囲気になった。
 何というか、我が意に反して充実しているような時間が流れていく。
 今、この瞬間だけは私の心から緑川さんのことも怪しげなインチキ教師と偽保健医のことも・・・そう、ムカデだのジャンボタニシだのってな忌々しいどころじゃない生き物達のことも・・・そうした色々な煩わしいもの達とはおさらばできている。
 これはこれでやはり幸せなことなのだ。
 この、最後になるかもしれない夏を、一緒に過ごすことになる目の前の埴輪に出会えたことは私にとっての慶事だったのだと、そう思えてくるぞ。
 ああ、あの時、こいつを助けてあげることができて良かった。
 今は素直にそう思っておこう。





2015/04/28/Tue 01:38:22  「長雨の後に君と」/CM:0/TB:0/

§ 「長雨の後に君と」  六十七

 

 私ゃ心の中で竜吉さんをののしりまくったね。
「まあ~あったようななかったような・・・」
 私が緑川幽霊にびびりまくったあげくに縋り付いたのが鷲別神社のお札だった・・・おまけに開運祈願の怪しげなお札を竜吉さんからぼられてしまったなんて話は御免こうむりたかったから私は話をそらすことにしたぞ。
 「それにしても竜吉さん、顔が広いのねえ」
 「まあ、竜吉さんは経理とか営業が専門だから神社とか自衛隊に顔が利くんだよ」
「あれ?私てっきり漁師さんだって思ってた」
「ああ」
 無理もないって顔で竹林は苦笑いしてる。
 「竜吉さんは海が苦手なんだよ」
 「へ?」
「秋津島さんは鷲別小学校の出身じゃないでしょう?」
 私はこくりとうなずく。
 私は父の仕事柄、日本製鋼近くに住んでいたから鷲別とはそれほど縁がなかった。
 どちらかっていうと鷲別はせいぜい高速乗るためだったり登別温泉行くための通過点にしか過ぎない町だったから。
 まあ、私が二高に受かったのを切っ掛けに、新居獲得を企んでいた両親が近場に手頃な土地を見つけて移り住んで来たのだ。
 「鷲別小学校って、すぐ向こうが海なんだよ。砂浜」
「あ~わかるわかる国道から海見えるね」
 「そう、あそこは砂浜で、竜吉さんが言うには昔はもっと砂地が多かったんだけど、今は波で削られて狭くなっちゃったらしいけど・・・あ、それはいいとして、あそこの海は泳げないでしょう」
 「聞いたことあるよ」
 私は答えた。
「確かすぐに深くなるから危ないんだよね」
「そうそう、竜吉さんが子供のころは一年に何人かが海で死んでるから行かないようにっていうお触れがあったらしいくらいなんだけど・・・まあ、そんなに水の事故があれば大騒ぎのはずで、実際にはやっぱり危ないのは本当だから、生徒を海に行かせないようにする出まかせだったんじゃないかって言うんだけど」
 おいおい竹林、何だか話が脱線しつつあるんじゃないか?
 「あ、それでも竜吉さん達は遊びに行ってたらしいんだけど、冬のある日よせばいいのに一人で遊びに行ったらしいんだ」
 気が付いて軌道修正したな竹林庄一。
 「う、うん」
 私の脳裏に悲惨な光景が浮かんだ。
 厳寒の海。
 溺れる子供。
 自力でか、あるいは大人か誰かに際どく助けられながら、それでいてなお冬の寒さに涙と鼻水垂らしておいおい泣き叫ぶ幼き日の竹林竜吉少年の修羅場体験の顛末。
 「あ~別に溺れたっていう話じゃないんだよ」
 よっぽど私の目が期待いっぱいだったのに気付いたらしい竹林は予防線を張りやがった。
 「あ、違うんだ」
 「それがですね秋津島さん。もう一回脱線しちゃうけど、実は竜吉さん、その頃小学館だか学研だかが出していた『世界の怪獣』だかなんだかって本を買ったらしくてね」
 「うんうん」
 「そこに紹介されていたのが巨大ダコだとかダイオウイカどころじゃなくネッシーだとか大ウミヘビだとかでさ。とくにどこだかの湖に潜む首長竜が、水辺にやって来る水牛だかカモシカだかを襲って食べちゃう話だとか外国航路で貨物船の真ん前に突然姿を現した超巨大なミミズ状の謎の生物だとか潜水夫を襲う謎の怪獣とかがリアルなイラスト入りで描かれていたそうで竜吉さんすっかりびびりまくってしまったらしいんだ」
 そこまで話して竹林は、何とも情けないという顔でため息をついた。
 「おまけに、一番竜吉さんに応えたのが1962年3月…らしいんだけどアメリカのフロリダ州はペンサコラで起きたって言われてる大ウミヘビの襲撃事件で、この事件では漁礁になっていた戦艦マサチューセッツの探検でスキンダイビングしていた5人の少年が一人を残して食べられたり溺れたりして死んでしまったっていう・・・まあ、日本では『コリン・ブライアン事件』って呼ばれてるんだけど実はその少年の名前はエドワード・ブライアン・マッケアリーで・・・」
おいおい竹林、お前なんだかんだ言って、結構その話にのめり込んでないか?
 なんで年号やら場所やら被害に遭った登場人物らの名前をそらで言えるんだ?
 お前、もしかして子守唄代わりにそういった海やら湖やらの怪獣話聞いて大きくなったなんて言うわけじゃないだろうね。
 さすがに竹林も、今、秋津島穂高という美少女の眼前でどんな話をぶっているのかに気付いたらしく、ばつが悪そうに咳払いして手元のコップの水をごくごく飲み乾してため息をついた。
 「そんなわけで竜吉さん」
 いったいどんなわけなんだと言ってやりたかったぞ私は。
 「一人で冬の浜辺に近づいた時にだね」
 「うんうん」
 まさか鷲別の砂浜に巨大怪獣出現じゃないよね。
 「波はすごい穏やかで、そのせいで水も澄んでいて竜吉さん、見たんだそうだよ」
 ・・・ごくり・・・
 「何を?」
「深いとこと浅いとこの境界を。そこから先は緑色で竜吉さん、思わずそこから何かが這い出て来るんじゃないかって考えてしまって、それ以来海もダメ湖もダメな人になっちゃったんだなこれが」
いやーまいったって感じで竹林のバカ野郎はへらへら笑って頭をかいてる。
 「もうね、洞爺湖の遊覧船にも乗れないんだから・・・あ、そう言えば洞爺湖にもトッシーっていうUMAがいたっけ」
 「そ、そのユーマって何?」
 私はたぶんこめかみあたりの血管を膨らませていたかもしれない。怒りで。
 「未確認生物のことだよう」
 何言ってんだバカ野郎。
 私にしたらお前の方こそ未確認生物がぴったり当てはまる存在だぞ。
 




2015/04/11/Sat 02:51:26  「長雨の後に君と」/CM:0/TB:0/
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